大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)698号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由一について。

原審が適法に確定した原判示の事実関係のもとにおいては、上告人は被拘束者を被上告人から暴力をもつて奪取したものであると解して妨げない。のみならず、意思能力のない幼児を手元において監護する行為は、当然に、幼児の身体の自由を制限する行為を伴うものであるから、その監護行為自体が人身保護法および同規則にいう拘束にあたると解すべきであり、また、夫婦関係が破綻に瀕している場合に、夫婦の一方が他方に対し人身保護法にもとづき共同親権に服する幼児の引渡を請求したときには、その請求の要件である拘束の違法性は、その拘束がいかなる手段、方法により開始されたかということよりも、幼児を夫婦のいずれに監護させるのが幼児のために幸福であるかを主眼として判定すべきであることは、すでに当裁判所の判例とするところである(昭和二三年(オ)第一三〇号同二四年一月一八日第二小法廷判決・民集三巻一号一〇頁、同三二年(オ)第二二七号同三三年五月二八日大法廷判決・民集一二巻八号一二二四頁、同四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四四一頁参照)。そして、原審も、右と同趣旨の見解のもとに、被上告人の上告人に対する本件請求を認容したものであることが、原判文上、明らかである。したがつて、論旨は、原審の適法にした事実の認定を争い、または、原判決の結論に影響のない問題について原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同二について。

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、肯認することができる。論旨は、原審の適法にした証拠の取捨断判および事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同三について。

人身保護規則五条は被拘束者が意思能力を有している場合に関する規定であると解すべきところ、原判示によれば、原審は、本件の被拘束者が原審の審問終結当時意思能力を有しない幼児であつた旨認定しているのであり、そして、その認定は、原審が適法に確定した事実関係、とくに被拘束者の年齢が四年七ケ月余にすぎなかつたとの事実に照らし、是認することができる。したがつて、本件においては、右規定の適用の有無を問題にする余地のないことが明らかである。論旨は、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。

上告代理人森口悦克の上告理由第一点の一および第二点について。

意思能力のない幼児を手元において監護する行為は当然に人身保護法および同規則にいう拘束にあたると解すべきであり、また、夫婦関係が破綻に瀕している場合に、夫婦の一方が他方に対し人身保護法にもとづき共同親権に服する幼児の引渡を請求したときには、その請求の要件である拘束の違法性は、幼児を夫婦のいずれに監護させるのが幼児のために幸福であるかを主眼として判定すべきであることは、上告人の上告理由一について判示したとおりである。そして、原審の適法に確定した原判示の事実関係のもとにおいては、本件の被拘束者は上告人によつて監護されるよりも被上告人によつて監護される方が被拘束者のために幸福であることが明らかであり、したがつて、上告人による被拘束者の監護は拘束の違法性の存することが顕著な場合にあたる、とした原審の判断は、正当として肯認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第一点の二について。

本件において被拘束者を上告人による拘束から救済するためには、所論のように、被上告人が民法八三四条に従い家庭裁判所に上告人の被拘束者に対する親権の喪失の宣告を申し立て、かつ、家事審判規則七四条に従い上告人の親権者としての職務の執行の停止を申し立てる方法によることもできないわけではない。しかしながら、一般的には、そのような方法によつては、人身保護法によるほどの適切かつ迅速な被拘束者の救済の目的を達することのできないことが明白であるというべきであるから、本件において、被上告人は上告人に対し人身保護法により被拘束者の引渡を請求することができるものと解するのが相当である。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、人身保護規則四二条、四六条、民訴法九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村義美 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 関根小郷)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例